アラサーですが、ナニか

アラサー男がちょっとだけ語る

「手に入らなかったもの」の話

突然ですが、アラサトです。
今さっき見たドラマにピンとくるセリフがありました。

“人は、手に入ったものじゃなくて手に入らなかったものでできているんだもんね”

 
『anone』というドラマの2話、田中裕子演じる亜乃音さんが発した言葉です。
すんごい雰囲気を醸している田中裕子が言うからこそ、という感じはあるんですが。
いやー、うん、なんというかそういうもんだよねえと。

失ったもの、できなかったもの、みんなはあるのに自分はもってないもの。
そういうものにばかり目が向いてしまって、今の自分にあるものが見えない。まるで最初から当然あったように考えてしまう。

恋愛でもそう。
付き合い始めみたいにキュンキュンしてない。
電話がない。デートもない。話を聞いてくれない。
自分ばっかりなんで…

そういうもんなんでしょうね。
ほれ、ちょっと見てみ、キミけっこういいもん持ってるよ、って周りが必死で言っても聞いてないんだよね。ほぼ聞いてないのよ。で、その「手に入っていたもの」がなくなった時に気づく。ああ、自分はけっこういいもん手に入っていたんだなって。


なんだか感傷的なムードになりそうだから、パーっと鼻くそでもほじろうかしら。あ、ぼくの特技は鼻くそをほじることなんですよ実は。

『anone』というドラマけっこう面白いです。坂元裕二脚本、阿部サダヲ、小林聡美、田中裕子などが出演していて見ごたえありです。視聴率低いみたいなんで、きっと面白いですよ!


コンプレックス万歳

あけましておめでとうございます。アラサーのアラサトです。
いやーあけちゃいましたね。さようなら2017年。いらっしゃい2018年。
アラサトもいよいよ本格的にアラサーに突入して参ります。いえーい。

昨年はといえば、、、
特に明確なテーマもないこのブログを迷走させ、
月1回更新を掲げておきながらたった4回で終わり、
ただでさえ少ない読者の皆さんを混乱と混沌へ誘きまくってしまいました。
まずもってお詫びを申し上げます。ごめんちゃい(*´艸`*)

今年こそは月1更新!!特にブログのテーマは決まってないけど、もういいの。ともかく月1書く。何かを書く。そこは絶対譲りませんから!


さて、新年一発目ですが、昨年のアラサトを振り返ると、仕事だけでなくプライベートでもいろいろと苦しんでいる人に会いました。生きづらさを感じる人や、そこから立ち上がる人などなど。そこで、現代人の抱える闇に切り込もうと思います。


①痛みに鈍感
仕事でも、恋愛でも、自分がいけないんだから変わらなければ!と邁進してしまう。多少体調不良を感じても周りに休んでいる人がおらず、立ち止まることができない。認めてもらうまで、褒めてもらうまで、ひたすら走り続ける。そのうち、身体が動かなくなり、心がぐしゃぐしゃになっている。
要は、自分を大事にできないことです。仕事に限らず、恋愛や、友人関係でも、尽くしてしまいがち。自分の痛みを理解し、敏感になることはとても大事です。周りの目や評価は二の次三の次でよし。

②勉強が好き
難しい本を読み、難しい言葉でしか物事を理解しようとしない。理論武装し、相手を論破する。そうやってなんとかかんとか自分の存在を守っていける。
博学や物知りがよいという風潮がありますが、クソくらえです (´・ω・`)
知識が増えれば増えるほど、縛られることも増えているような気がするんですよね。人の言葉に耳を傾けられなくなり、視野が狭まってしまう。いつの日か、周りの人たちは「コイツに何か言ってもムダだな」と思うようになり、誰も正直に向き合ってくれなくなります。

③相談できない
誰かに相談しても解決策が見つかるわけじゃないから話さない。弱音や愚痴もみっともないから言わない。プライドが高いから自分の弱みを知られたくない。結局、人に頼れず、孤立して、追い込まれてしまう。
相談や愚痴の目的は、解決策を見つけることではなく、整理することです。言葉にして話すこと自体に意味があるわけです。自分の状況を受け入れ、整理し、対処するために必要なプロセスです。
かくいうアラサトも、実は、相談するのが苦手なんですよねー。相談したり、愚痴ったりは相手を見極めて信頼できる人にしかできません。もっと曝け出していきたいなあ。


こーゆー特徴の背景にはだいたい、
自信の低さ
自己肯定感の低さ
承認欲求の高さ
が見え隠れしています。まあ、みんな、多かれ少なかれ自分自身への不満とかコンプレックスを持ってるわけでして。それを周りからの評価や知識の多さで埋めようとしている限り、苦しみからは抜け出せないですね。なぜなら、自分より秀でた人は溢れるほどいるから。

ほいじゃあどうすんのよって話ですが、
あきらめること受け入れることが大事かなと思います。
コンプレックスもあるけど、それはそれとしてやっていこう。あきらめよう。どうせ誰も気にしちゃいないんだからなんでもいいじゃん。みたいなかんじ。
思い切ってあきらめて受け入れられると人生が幾分ラクになります。自分の弱みを人に言えるようになり、そしたらなぜか相談されることが増え、いつしか信頼できる友人が増えます。

全員がそうやってうまくいくわけじゃないと思いますが、アラサトは自分の出っ歯も、根暗なかんじも、人の欠点発見選手権1位なところも、爆笑しながらお付き合いしています。アラサーにもなると、自分のコンプレックスに快感すら覚えるんでしょうかね(笑)


セクシーハッピーニューイヤー
アンド
セクシーセンキュー


偏見のない人なんていない

バリキャリの女の人って、仕事もメイクもバッチリで話しかけにくいけど、話してみると話し方ローラみたいだったり、彼氏の前ではデレデレだったり、意外とカワイイじゃない。どーも、アラサーのアラサトです。


告白します。
ぼくは、人を見かけで判断します。偏見すんごいです。
一人っ子で実家暮らしのB型女子は、とっても面倒くさいと思っています。
「偏見のない社会を」という純粋無垢なキャッチフレーズを聞くと、いやそんな社会はないのよん、と切り捨てています。

大事なのは、偏見をなくすことではなく、自分の偏見を自覚すること。

これが今日言いたいことです。もう満足(*´∀`*)


Wikipediaによれば、「偏見とは十分な根拠もなしに他人を悪く考えること」だそうで。「悪く考える」ってとこは微妙ですが、「十分な根拠なく他人を○○な人と考えること」は誰にでもあると思います。この人って一人っ子ぽいなあとか、コイツ太ってるからわがままそうとかね。

偏見からは逃げられない。
外見や属性でついその人を判断してしまう時が自分にはある。

そういう冷徹な自己評価が、偏見と向き合う第一歩だと思います。
そんな前提の上で、ぼくが密かに実践している偏見との付き合い方をいくつか発表してみます。


無知でいる
そもそも知らなければ偏見は持てないわけです。たとえば、ぼくら日本人が東大生と聞けば、優秀だとか眼鏡かけているとか、いろいろ思い浮かびますね。でも、アメリカの田舎のおっさんが東大生と聞いても、なーんも思い付かないわけです。知らないから。博学・物知りが昨今もてはやされていますが、知識に縛られる危険性もあるわけで。あえて知らないでいること、はけっこう重要だと思います。

会って話す
とはいっても、全てに無知でいることは無理です。同性愛は異常とか、犯罪者は怖い、とかそういう考えは「当たり前」として小さい頃から刷り込まれているもの(幸運にもそうじゃない人もいると思いますよ!)。そんな時は、会って自分の目で確認してみるという作業が大事です。会って話せばわかり合えるとかそーゆー話じゃないですよ。会って話すと、自分が「当たり前」と思っていたことが音を立てて崩れることあるってこと。同性でも愛し合えるんだとか、犯罪者の人も自分と似た部分があるんだとか。

修正する
自分が偏見を持ってしまうことを受け入れます。すると、自分の考えは状況によっては修正されるんだ、という意識が芽生えてきます。ぼくは、出会った瞬間に、その人がどんな性格で何を考えているのかを判断します。なかなかいい趣味でしょ(笑) でも、これはただのクイズで、しかも外れた時がおもしろい。アハ体験。なぬ、そうきたかーーーという喜び。そして、自分の偏見を修正するわけです。いわば、偏見を持ってしまう自分自身を楽しむ、というやや変態チックな営みです。


偏見と闘うために必要なのは、知識や理解ではない。
自分が「当たり前」だと思っていたこと(≒偏見)が実は当たり前じゃないんだ、という発見・転換。これを一度でも経験しているかどうかが、「偏見を持つ自分」と向き合えるかを左右するのだと思います。

そんなかんじで、アラサトは、今後も偏見まみれの自分と付き合っていこうと思います(* ´ω`*)


※偶然、関連した記事を見つけましたので、ぜひご一読を。

www.bbc.com

なぜ友達を減らす努力をしないのか

前回の投稿からこの投稿までの間で1歳老けました。アラサトです。


1ヶ月くらい前に、「タモリがうまく生きている理由」みたいな題名の記事を読みました。タモリさんは、ともだち100人できるかな♪って歌が嫌いで、今どんどん友達減らしていってる、と書いてありました。大賛成、大共感なわけです。

友達は多い方がいい。増やさなければいけない。
知らないうちにそんな感覚を持っていませんか?

ぼくの場合、20歳頃にfacebookを始めて、自分の「友達」が増えていくようになって、「もっと増やしたい」みたいに無意識に考えるようになりました。ちょっと話したくらいの人でもfacebookでつながって、どんどん「友達」の輪を広げていった。誕生日になると、40人、50人という人がお祝いのメッセージをくれた。これまでは家族くらいしか祝ってくれなかったのにね。あるあるですね。

このお祝いメッセージに「お祝いありがとう!」と爽やかにお返事するのがマナーだけど、まず、これが面倒になったわけです。これまた、あるあるでしょう。そこで昨年、誕生日を非表示にする、という機能を活用して、誰にも知られないようにしてみました。そのかいあって、先日の誕生日では、見事お祝いメッセージゼロを達成。思った以上に清々しました。

持つべきものは友とか、人脈は大事とかいうけど、それは数ではなく、その人と信頼関係を結べているかってとこが大切なんだろうと思います。当たり障りのないことしか言い合わないような「友達」は、そのへんの通行人とほぼ同じ。

友達は増やすものではなく、減らすもの。必要以上に友達をつくらない。そういう「友達数最適化プロジェクト」に取り組んでいくことで、なんだか解放されるし、人との付き合い方もいろいろ変わると思います。

今日はこのへんで。さーて、どの「友達」からやめていこうかなあ


真面目なエロ本

ワンチャンってなに?「あのコならワンチャンあるよ」って?
「あのコならお前のアソコを一回くらい挿入するの受け容れてくれるよ」ってこと?
「あのコならカワイイわんちゃんおうちに飼ってるよ」っていう話?
日本語ってほんと繊細。アラサトです。


いきなり下ネタかよお、と思ったかもしれません。
今日は、これからの「性」の話をします。いまを生き延びるための性哲学です(サンデル先生、失礼しました)。きっかけは、職場で見つけたこちらの本。

www.nippyo.co.jp
精神科医、泌尿器科医、元AV女優、株式会社TENGAの職員、僧侶など、いろんな人が思春期真っ盛りの人たちに向けて、「性」の話を掘り下げます。引用しちゃった方がイメージ湧きますね。TENGAの医療福祉教育担当・中野さんが書いているトコから。

マスターベーションは、大人になるために本来学んでおく必要のある行為であり、獲得すべきスキルなのです。よりより学校生活や日常生活を送るためにも、マスターベーションに対する正しい知識とポジティブな視点を持ち、身体の成長とともに高まる性的欲求や興奮に気づき、欲求を自分でコントロールする術を身に付けておかねばなりません(p.82)。


続いて元AV女優の紅音さんの部分より。

AVはファンタジーであり、打ち合わせや段取りがあるつくられた世界であって、決して、普段の性生活に取り入れたり、自分のパートナーにしてよいことではありません(p.113)。


この本をつい読み進めてしまったのは、お堅いオトナの議論に逃げていないから。オナニー、AV、コンドームなど、ちょっとタブーで、顔を赤らめてしまうアレコレにもガンガン切り込んでいる。その上で、居場所、依存関係、デートDVといった事柄が語られている。

だからね、勉強になるの。アラサーのアタシも(笑)
TENGA CUPが「膣内射精障害」に苦しむ人に役に立つことが分かったり、
医学的な正しい射精のあり方(“射精道”というらしい)を見て胸をなでおろしたり、
性感染症の検査を一応受けに行こうかなあとおもむろに保健所を調べ始めたり。

誰も教えてくれない。周りの人と特に話もしない。
恋愛はどうやるのか。自分は相手を縛っているのか。今、依存関係なのか。
自分の性器はどんな機能なのか。正しい射精。ブラジャーの選び方。セックスのリスク。
誰かを愛するってどういうことか。


そんなの自然に覚えていくんだよ。


アナタ、今、そう思いましたね。
ぼくもそう思ってたし、実際そうだった。
射精の仕方は小学5年の時に友達から聞いた。コンドームの付け方や意味はネットで調べた。恋人に縛られていると感じたことがあったけど、自分でなんとかした。
別に保健の授業で教えてほしかったとは思わない。でもね、「コレ、軽く読んどけよ」って今回の本みたいな「真面目なエロ本」をスッと渡してほしかったなあと思うわけ。だって、恋愛やセックスは(生涯貞操を守らない限り)いずれするわけだし、射精障害やデートDVだっていつ自分の身に降りかかるか分からないから。


青少年問題として抽象的に語ったり、
自然に覚えると放っておいたり、
青少年に悪影響だからと排除したり、
そういうのって大人が責任放棄して、思考停止して、逃げている気がするわけです。


ということで、今後も少しずつ恋愛とかセックスとかドロッドロの話とか、していこうと思います。アラサーだからね。

しょっぱなからとばしすぎて失礼しました。ではまた。


アラサーのアラサトです

どうも。アラサーのアラサトです。

気づけば、世に言う、アラサーですか。
はあ。
いやいやほんとにまったく。


人生たのしくなってきましたぜ!


ねえ。
ほんとに。こうなってくるとね。まああれですね。
どうしてこんなに。ねえ。


はい。
お分かりかもしれませんが、特に書くこともないのでこの辺で終わりますね。
いや一応ね、なんとなくブログのイメージはあるんですよ。
世界の政治とか、日本の社会問題とか、現代の恋愛とか、
斬ったり、斬りすぎたり、斬ったふりしたり、と思ったら本当に斬ってたり、
といった具合に、やっていこうと思っているわけです。

ゆとりとか、さとりとか、アラサーとか、社会&結婚不適合者とか、
いろいろ言われてまいりましたけどねえ、
意外とやるんだよってとこを見せてあげます。あげますとも。

まー詳しい話は、おいおいしていきますんで。

目指せ!月1更新!では!